第71回 スーパードクター2023:02:05:22:55:14

産経新聞大阪本社 地方部編集委員 北村 理

よくテレビや雑誌でみかける、「スーパードクター」という言葉が嫌いである。
医療の現場で「スーパー」なのは、医療者でなく、「命を他人に預ける」患者の方だからである。

といっておきながら、先日、あるがん治療の解説書を読んでいて、「スーパードクター」をみつけた。
その解説では、ある治療薬の治験について書かれていた。件のドクターはその治験を行ったと当事者のひとりであったようだった。

その治験のデータを作成する過程で得られたデータをどこまで公表するか否かという議論のなかで、一部のデータについて公表を差し控えたいという意見があったようだった。
それに対し、ドクターはあくまでデータの公表を主張し、もし公表されないのであれば、発表を固辞すると伝えたようだった。
その解説で、件のドクターは、データを公表できないような薬は、患者に使用することはできないと明確に記していた。

患者のためを思うがゆえに、新しい治療方法を模索し、その過程で、望ましい結果を求めるがあまり、勇み足となりがちなことはよく聞く話だ。
しかし、件のドクターは、自らその治験に参加しながら、存在価値を認めなかった。
そうした断固とした決断の背景には、現状の治療法を熟知し、絶えず患者本位で考え、行動しているという、ドクターとしての矜持があればこそだと感じた。
こんなスーパードクターが身近にいることを、このうえなく誇りに思う。

<2023/2/5 掲載>