第54回 五輪の感動の影で...2021:08:09:17:47:02

産経新聞大阪本社 地方部編集委員 北村 理

751人。
新型コロナウィルスの重症化抑止のために開発されたワクチンを接種したのち、死亡が認められた人の数である。このうち、政府が、接種と死亡の因果関係を認めたものは皆無である。しかしながら、ワクチン接種後に亡くなっているという事実は動かしがたい。
報道も当初は、一部の出版社のウエブ記事だけだったのが、接種と死亡について、分析した記事を掲載する媒体は増加している。そうした記事の中で、「さすがにおかしいのではないか」という医療関係者の意見も複数紹介されるようになってきた。
ワクチン開始後の、死亡事例をめぐる記事をみていると、①何らかの原因で出血が促され死亡につながる疾病を招いているのではないか②欧米仕様のワクチンは日本人の体格にとって過剰投与になっているのではないか、この2点にしぼられているようにみえる。
これらの内容は、接種するかどうか決断するうえで、十分考慮すべき内容だと思えるが、多くの人は知らないだろう。

政府は、接種にあたり、「あくまで個人の選択にゆだねられる」といいながら、「メリットとデメリットを勘案して決めてほしい」とほぼ、接種すべきだというニュアンスで情報発信している。政府がいうところの、副反応で「誤解を招いている」という事例は、妊娠やがん発病の危険性など、内容の是非はともかく、少なくとも、今接種を受けるべきかどうかを選択するためにさし迫った情報と思えない事柄に偏っているように思える。
接種後の死亡事例は、接種を受けた母数からみればわずかなパーセンテージだといい、新型コロナ感染の感染および重症化を抑えているという効果は顕著だと、政府はいうが、751人の人たちには一言も触れない。また、インフルエンザのワクチンでも死亡事例はあるというが、コロナの場合、ある種の「強迫観念」を感じる中での接種である点は大きく異なる。

接種が先行している海外では、2度接種したのち感染し死亡した事例が、米国では数千人にのぼっている。結局のところは、ワクチンを接種したとしても、「マスク、消毒、3密回避」は避けられず、これでは今までと何ら変わりはない。そう考えると、751人の人たちの死をどう受け止めたらいいのだろうか。おそらく、751人の人たちは、接種のあと死に至るなどとは考えもしなかっただろう。政府がいうところの「医療機関のひっ迫」を避けるために、自らの命を捧げる必要はあるのだろうか。

われわれは、このまま、751人の人たち(これからも増えるであろう)を置き去りにして、コロナから解放される日を夢見るべきなのだろうか。こののち歴史として振り返ったとしても、「科学の進歩で生み出された人類初の新型ワクチン」と無邪気に喜ぶ気には到底なれそうもない。

<2021/8/9 掲載>