Feedback about APCASOT Program 2013 UICC(世界対がん連合)の研修参加報告(1)2013:06:09:16:22:35

大阪がんええナビ制作委員会 会計担当 片山 環

0001CCQ事務所[1].jpg2013年4月15日~20日まで、オーストラリアでUICCのAPCASOT研修を受けてきました。インド、ネパール、マレーシアからの研修生と共に過ごし、たくさんのことを学んだ研修の日々について、ご報告して行きたいと思います。
 

(1)出発前
研修先のキャンサー・カウンシル・クインズランド(CCQ)は、日本でいえば、クインズランド州対がん協会といったところだろうか、50年の歴史、職員250人、登録ボランティア2,500人の大きな組織だ。アジアのがん患者支援団体の育成を目的とするAPCASOTプログラムは、ここで既に20年開催されてきたことは、今回初めて知った。航空運賃・宿泊費などの助成金付きの研修には、これまでに12カ国からの参加があったそうだが、日本からの参加は今回が初めてらしい。日本では全く知られていない研修プログラムだが、それは5日間すべて英語の参加型研修であることと、アジアの団体対象ということで、関心を寄せる組織が日本にはなかったからだろうか。

私は英語での研修にも、アジアの患者会の人達と一緒ということにも興味を覚えた。何よりもキャンサー・カウンシル・クインズランド(CCQ)の進んだ活動を学べるのが楽しみで、応募した。大阪がんええナビ制作委員会の会計担当として、特にファンドレイジング(助成金獲得法)の技術を学びたいと思った。大阪のがん患者支援のための具体的なプランを設定し、それに向けて資金を集める方法を学び、患者支援策を実行する。それを学びに行かなくては。

私がこの研修に応募したきっかけは、一通のメールだ。2012年8月にいきなりUICCのFellowship部門から、APCASOTの研修生募集中という英文メールが届いた。はて、一体どなたのご紹介で、私宛てにメールが届いたのかと考えた。悪性リンパ腫患者会NPOグループ・ネクサスの役員として、海外のリンパ腫患者会連合会とのお付き合いからかもしれない。もしかしたら、日本医療政策機構や製薬会社から派遣された、2009年~2010年のESMO(欧州臨床腫瘍学会)の関係か。いや、2006~2007年に参加したアメリカがん協会の研修の関係かもしれない。

いずれにせよ、私にとっては、魅力的な研修に思えた。これまで経験した研修のように単なる意見交換や視察ではなく、CCQのベテランたちから講義を受け、活動現場を見て、アジアの研修生たちと議論を交わし、自分の活動紹介のプレゼンテーションをする。そういうことが私にできるかどうか、新たな挑戦だと思った。がん経験者であると同時に、英語教師のはしくれとして、これができないでどうする。日本の英語教育の成果を見せなくては、との思いもあった。一方、体力に自信はあると言っても60過ぎての一人旅、年齢で落ちるかもしれないという不安も。いやいや、ミャンマー野党指導者のアウンサン・スー・チーさんも、アメリカABC放送のアンカー、ダイアン・ソイヤーさんも60代。私も、行かなくては。

0079CCQ会長と研修生[1].jpg(2)ブリスベン到着
4月14日(日)早朝、大韓航空でオーストラリア第3の都市ブリスベンの空港に到着。韓国人や中国人旅行者に交じって入国審査の列に並ぶ。審査官から入国者たちが英語で質問されているのを見て、私にはどういうふうに聞かれるだろうか、うまく答えられるだろうかと、やや緊張。が、私がパスポートを差し出すと、パラパラとめくってスタンプを押しただけで、一言もしゃべってくれなかった。つまり、日本国のパスポートは、信用度が高いということなのだろう。旅行英会話の「入国の目的は何ですか?」とか「何日滞在の予定ですか?」など等覚えたのに、使う機会はなかった。

タクシーでホテルに到着したのは午前7:30。フロントで、CCQ研修生担当のリサさんからのメッセージとタクシーチケットを受け取る。部屋は午後まで空かないので、その間、繁華街でショッピングでもどうかという提案に従うことにしていたが、これは本当に幸運だった。翌日からの5日間の研修はハードスケジュールで、研修生の誰も繁華街に繰り出すチャンスはなかった。
 
繁華街に行く前に、研修の場所の確認をしておかねばと、地図を片手に歩いてみる。ホテルから徒歩5分と聞いていたので、キャンサー・カウンシル・クインズランド(CCQ)の看板はすぐに見つけられた。懐かしい。9年前に、私はここを訪れたことがある。当時はクインズランド・キャンサー・ファンド(QCF)という名前だったが、建物の外観はそっくり当時のままだ。

2004年の夏、私は仕事でブリスベンに2週間滞在していた。その頃、血液のがんの経験者として、大阪でがん患者活動を始めたばかりで、どうしても現地の病院の様子を見てみたいと思っていた。休みの日にロイヤル・ブリスベン&ウィメンズ病院に飛び込み、見学させてもらったのだが、そこで目にしたのは、がん患者向けに書かれたたくさんの無料のパンフレットや小冊子。患者向けに抗がん剤治療や放射線治療などについて書かれたものは、当時の日本には皆無だった。それを発行し、無料でクインズランド州の医療機関に配布しているのは、クインズランド・キャンサー・ファンド(QCF)と知り、次の休みの日に、ここを訪れた。

日本のがん患者支援団体と違って、立派な事務所を構え、給与の出る職員が140人、ボランティアが2,000人と聞いて驚いた。その活動規模の大きさと潤沢な資金を羨ましく思ったが、資金は全て寄付だと聞いて、さらに驚いた。寄付金だけでこんな大きな事業をするという発想は、思いもよらないものだった。その後、アメリカにもさらに歴史のある、大きな患者支援組織があることを知ったのだが、まさか、日本のがん患者支援が、こんなにも世界から遅れているとは思いもよらなかった。目からウロコの2004年の体験だった。日本国内の情報だけではなく、海外の様子も知らなくてはいけないと思うようになったきっかけはここだ。
(次号につづく)

APCASOT研修のホームページ
http://www.cancerqld.org.au/page/information_resources/apcasot_2014_training_grants/

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<2013/06/09 掲載>