第8回「「悔いなき生き様とは...(5)」2012:05:18:22:56:55

産経新聞社 社会部記者 北村 理

星守る犬―という映画をみた。
筋書きをろくすっぽみずに、わんこの話だと思って、家族とみたら、えらい暗い話で閉口した。それはともかく、筋書きとしては、犬と車中生活していた男性が北海道のキャンプ場の外れで、遺体でみつかる所から話はスタートする。

遺体の後始末をしていた地元の行政職員のひとりが、男性と犬の関係に関心をもち、男性のたどったあとを追うロードムービーだ。この行政職員も、早くに両親を亡くし、祖父母に育てられるなかで、犬に孤独を癒やされており、自分の人生と男性の人生をオーバーラップさせる。この映画のなかで、行政職員は祖父から「カラに閉じこもってないで、星守る犬になれ」と諭される。この際、祖父は、星守る犬について、「手に入らない星をものほしげにみつめる犬のように、高のぞみすることだ」と説明する。

人生の最後をどう送るかを考える場合も、星守る犬になってもいいのだと思っている。

最近の米映画「ニューイヤーズ・イブ」でも、がんで死期の迫ったロバート・デニーロが、「新年のカウントダウンをみて死にたい」と、NYのイベント会場に近い病院に入院する。医療者は規則を盾に取り合わないが、カウントダウンイベントを仕切っていた娘が病院にきて、何年かぶりに再会。デニーロをこっそり病院屋上に連れ出し、思いを遂げさせる。

星守る犬の男性が思いを遂げたかどうかは分からないが、少なくとも最期の時間を、誰(彼を棄てた家族、会社...)にも邪魔されずに、相思相愛の犬と大自然の中で過ごしたように思える。

やはり、そよ風が吹き、新緑が映える自然のなかで。少なくとも自然の気配を感じながら―と思う。しかし、実際には、自宅ならまだしも、病院や介護施設にしろ、自然と隔絶された場所が多いだろう。

そういえば、星守る犬のなかで、行政職員の祖父は、最期が間近い妻のために、妻の部屋の壁をたたき壊す。すると、眼前に一面のひまわりが現われる。社会として、行政職員の祖父のように壁をたたき壊すだけの自由は保障されるべきだろうと思う。デニーロの思いを、規則を盾に妨げた病院職員のようにではなく。社会として、そういう雰囲気を持つようになるべきだと思う。東日本大震災の多くの無念の死からも学べるはずだ。学んでいるだろうか。

<2012/5/18 掲載>