第3回「天は自ら助くるものを助く」2011:07:06:04:59:11

産経新聞社 社会部記者 北村 理

このところ、東日本大震災の取材が多い。いくつか書いた記事のなかで、「釜石の奇跡」というのがある。かいつまんでいうと、釜石市内の小1から中3までのほぼ全員約3000人が自主的に避難して無事だったという話だ。

この話、大阪でも多くの人が知ってくれているのに驚いた。先月、がんの取材で、4か所ほど府内の医療関係者を訪問したのだが、みな「釜石の子供が助かったという話は知ってますよ」といってくれた。

なぜ関心をもったのかきいてみると、「正しく知ることの大切さ、教育の大切さを感じたから」という。釜石の奇跡では、例えば、小学1年の子が、ひとりで家にいたとき(釜石は共働きが多い)に地震が起きた。この子は、ゆれがおさまるのを待って、戸締りをして高台に避難した。

別の小学6年の子は、小学1年の弟とふたりで家にいて、逃げ遅れた。弟が逃げようというので、玄関を出ようとしたら、50センチほどすでに冠水していた。6年の子は、「50センチほどの津波でも流される」という学校で学習したことを思い出し、外に出るのをやめ、自宅の屋上に弟をつれて駆け上がり、それでも、頭上を津波が越えていったが、柵にしがみついて助かった。

周りで多くの大人たちが逃げずに亡くなっていることを考えると、まさに奇跡といえる。しかし、彼らにしたら、学校で教わったこと、それをもとに自分で学び身に付けたことを、淡々と活用したにすぎない。

正しい知識をもつことの重要性を、釜石の子供たちは教えてくれた。

このことは、がんについても同じで、国民のふたりにひとりがかかるといわれながら、なかなか、(患者個々人にとって)「正しい知識」をえるのは難しい。 情報の多さもあるが、がん自体が多種多様で、患者は、自分にあった情報を、何をどこまで、どのように知るべきかということは、ほかの誰かが正しく導いてくれるのかということではなく、結局最後は自分で判断せねばならないからだ。

釜石の子供たちの教育には3原則というものがあった。「想定を信じるな▽状況下で最善をつくせ▽率先避難者たれ」だ。

これをがん治療にあてはめるとどうなるか、考えてみた。

「他人の言葉を鵜呑みにしない、自分を納得させるのは自分自身で得た知識や経験▽社会生活を健全に送るためにどうするか考え、行動する▽がんを治すまたはがんと共存することについて経験を共有しよう」ということになろうか。

生き延びた釜石の子供たちの将来が楽しみだ。かれらの体現した精神を見事にいいあてた釜石小学校の歌詞(井上ひさし作)を紹介しよう。

「しっかりつかむ しっかりつかむ まことの知恵をしっかりつかむ 困ったときは 手を出して ともだちの手をしっかりつかむ 手と手をつないで しっかりつかむ」。